4月14日。春の雨が降っている。
T-REXを聴いている。マークボランのブギはなんとなくこんな季節。おれの中でT-REXは春の季語だ。
相変わらず、世界は凍りついたまま動かない。
旅をするにはもう少し(と思わないとやってられない)時間がかかるだろう。
おれのマイスイート東南アジアはどんな感じだろうか。
とにかくミャンマーはまだエグい。
純朴で敬虔な仏教徒である市民たちは、自由な生活を求めて、とてつもない大きな敵と非暴力を掲げて戦い続けている。
非暴力 は彼らが解放を求めているアウンサンスーチーさんの精神、それを遡れば今のインドの父、ガンジーの精神。
そんな非暴力のデモクラシーにミャンマーの国軍はとにかくパンパン撃ち殺すようなまねをしていて、
毎日たくさんの人たちが傷つけられて殺されている。
世界中で争いは絶えないけど、ミャンマーに関しては旅をした、という接点があって特に胸が痛い。
おれが遊んでいたようなヤンゴンの町で市民が軍に制圧されて死んでいったりしている映像が、在日ミャンマー人の友達を介して毎日、シェアされる。
おれが遊んでいた町、よくしてくれた人たち、みんなが当事者になっているんだろう。
ヤンゴンという町は近年、経済成長の始まりを告げるようにどんどん都市化してきた町で、古い建物と東京都心にありそうなビルが混在していて、町の真ん中には黄金のパゴダが輝いている、そんな町だ。
とにかく隣国と比べてもスレてないというか、人は奥ゆかしく穏やかで、とにかく敬虔な仏教徒たちだった。
今少し思い出しただけでも、タクシーで間違えて0の数の一つ多いお札を出してしまった時、すぐにそっちのお札でいいんだよと教えてくれて、ミャンマーのお金はわかりずらいから気をつけろよって勝手にチップだの請求することもされなかったし、
大きなパゴダでガイドを申し出てくれたおっさんも、1時間くらい付きっきりで丁寧に説明をしてくれて、チップをねだることもなかった。(そうゆう人にこそ積極的にチップを渡すけど)
おっさんは、「自分の国のことを知って欲しい。それだけだ。」とかっこよく去っていった。
こうゆう事は、東南アジアではとにかく珍しいことなんだ。
ゲストハウスに泊まってもたくさんの子供たちに至れり尽くせりしてもらったりした。
日本人からすると、とにかく親しみやすく、ホスピタリティ溢れる人たち、というイメージが強い。
そんな、おれの中ではブラザーと呼ぶべき人たちが苦しむ姿は見ていられない。
ミャンマーの人たちの幸せな生活が1日でも早く戻ってくることを祈ってる。
東京で生活に困らず生きてきたおれは、いままで全てWant to で生きてきた。
生活や国に安心できないような状況の人たちはみんなHave to なマインドだろう。
今のミャンマーの状況も戦いたい、じゃなくて戦い続けなければいけない、なんだろう。
生活、お金のためにHave to で生きている人もおれが思っているよりたくさんいるんだろう。
家族を養うために日本に来ている外国人たちもまさにそれだ。
しなければならない、という状況はどうしようもないことだろうけど、正直なところ、そういう人とは感覚が合わないことが多い。
その生きる上での自分に向かうアグレッシブなエネルギーが時に人に向かってしまうこともある。
インドを旅した時にも、どうしても経済的に余裕のある人の空気感に、日本人の空気感がダブってしまってどこかほっとしてしまったりしたのを覚えている。
普通の生活することにエネルギーを注いでいるひとを、クセが強いと感じてしまうおれはよっぽどダラっと生きてるんだろう。
とにかくどんな風にでも、生きてる人をリスペクトして暮らしていこう。