一人旅で大事な嗅覚

 

東京、成田からバンコクを経由してヤンゴンに着いたのは夕方6時すぎだった。

そのまま日本から持ってきた新札のドルをミャンマーチャットに両替して、現地のSIMを手に入れてタクシーで市街に出た。

雨期真っ只中のヤンゴンは雨が降ったり止んだりしていた。

ヤンゴンの街は高いビルが林立してはいるがそのほとんどがボロく煤けていて

東南アジアのどこか冴えない中型都市のお手本のような感じだ。

ただ一つ違うのは、大きな仏塔、パゴダが冴えない街の中心でライトアップされ輝いていること。

毎度の事ながら今日の宿を決めてない。重い荷物をカメのようなフォルムで街を歩き宿を探す。

ヤンゴンは他の東南アジアの街と違って、安宿街もないし、街にあまり目立たなくホテルやゲストハウスが点在してるみたいだ、

スーレーパゴダをスルーしてダウンタウンの中心らしい辺りを歩いていると、

一人の青年が声をかけてきた。

他愛もない話から始まって、宿を探してるというと、安い宿に連れてってくれると言い出した。

なかなかに怪しい。

興味本位で着いていくことにした。

少し歩くと彼は「酒は飲むのか」と聞いてくる

「飲むよ」と答えると、1杯飲んで行こうと、すぐそこの大きなビルの2階のテラスの飲み屋を指差した。

正直、このでかい荷物を先に下ろしたかったけど、その店の雰囲気がなかなかいい感じだったから1杯だけと言ってついて行った。

その店はダウンタウンの中心の大きな交差点の角でこの交差点を挟んであっちとこっちでちょうどインド人街と中国人街になってるという。

おれが歩いてきたのはインド人街だった。やけにインド系の人が多いとおもった。

そこでミャンマービアを飲み、煙草を吸って喋った。途中そいつの いとこ  とか言うやつがどこからか合流した。

最高に怪しい。

彼は、宗教上今は酒が飲めないからとエナジードリンクを飲みながら、家族の話やらいろいろしてきた。

店の奥のきらびやかなステージでは純朴そうな女の子がマイクと派手な扇子を持ってミャンマーのポップスを歌っていた。

1時間くらい経った頃、大瓶のビールも飲み終えて、そろそろ帰ると言うといとこが、

道を挟んで隣のビルのKTVの看板を指差して、

「あのKTVはおれがオーナーだから一杯飲んで行こう、可愛い子もいるぜ」と言いだした。

怪しいというかもうそれじゃんとかちょっと面白くなったけど、長いフライトで眠いし、断った。

「じゃあ宿に連れていく」と言って青年がスマートにお金を払った。ここで奢るのもこっちとしては警戒心が強くなる。

店を出て3人で歩いてる頃には、おれももうだいぶコイツらが面倒くさくなってきていた。

1件目の宿に入っていく、明らかにボロいし暗い。宿の親父が満室だと言うと、

じゃあこっちだと次の宿に向かっていった、

だいぶ歩いて暗い路地を進んでいく、これ以上先に行くと自分一人ではどうこうできなくなるな、と思っていたその時、1軒のゲストハウスを見つけた、そこは名前に見覚えがあった。多分事前に調べていたときに地球の歩き方かネットで見たんだろう。

「これゲストハウスじゃん、ここ見てみていい?」というと彼らも渋々着いてきた。

部屋は空いてるみたいで、スタッフの少年が部屋を見せてくれた、後ろから奴らもズカズカ部屋に入ってくる。

もうだいぶ前からおれはコイツらを完全警戒モードにしていた。

他に安宿もなかなかなさそうだし、もう時間も遅い。だけど、ここでこの宿に決めてしまうとコイツらに宿も部屋もバレる。それはあまりよろしくないと思った。

「ここにするのか?」と奴らが聞いてくる。

おれは敢えて、ボロいしあんまり良くないと言って気に入らないフリをして外に出た。

そして奴らに自分で探させてくれと言った。

しばらく奴らも粘ってきたけどやっと食い下がり、じゃあ最後に日本のコインをくれというので100円玉を2人に1枚ずつあげた。

興味ある風に見つめて、日本のお札も見せてくれと言ってきた。さすがに断るけど、しつこい。写真を撮るだけだと言ってくるが断り続けると、「じゃあさっきのビール代の半分だけ払ってくれ」と言ってきた。

1000チャットを要求された。この額はそんなにぼったくってもなく妥当だとおもう。

そんなんで済むならと払おうと財布を出すと、日本の金見せろと奴らは財布の札に手を伸ばしてきた。さすがにキレそうになったけど、この街であいつらを敵に回すと圧倒的に危ないのはわかってる。穏便に済ませたい。

とにかく財布は出すのをやめてシャツの下のセキュリティポーチを指させれて、そっちには日本のお金ないのと言うから、ないし、いいから帰れと2000チャット強引に渡すと、彼らも諦めたのか来た道の方へ帰っていった。

おれも彼らがいなくなるのを確認して、一度その場を離れ他のホテルを探しにいったフリをして、こっそりとさっきのゲストハウスにもどった。

彼らに知られていない新しい宿を探した方がいいとは思ったけど、時間も時間で見つかるかどうか微妙だし、さっきの宿の条件がよかったんだ。

宿のスタッフはみんな10代くらいの子供たちだった。

アットホームな感じとさっきからのシーンの変わりようになんだかとてもホッとした。

その宿は、OKINAWA G.H、日本人宿ではないんだけど何故かオキナワ。

まあベタな安宿という感じで古めだけど、ちょっとお洒落で、オキナワというイメージなのかウッディでどこか南国のコテージ風かもしれない。

ベッドを囲うように天井から蚊帳が下がってた。

蚊が多い東南アジアで意外と初の蚊帳。

真っ白い蚊帳にすっぽり囲まれるのはとても安心感があってよかった。

1泊20000チャット。1600円くらい。ホテルが高めのミャンマーではまあまあ安い方だとおもう。とりあえず2泊で取った。

スーレーパゴダから路地を1本入ったような所だ。

日本時間の明け方に家を出て、2本のフライト、悪い兄ちゃんたちと遊んでなんやかんやで、時間は21時すぎ。やっと重い荷物を下ろした。

行き帰りのフライトが一番大仕事、とりあえず無事ヤンゴンに着き何より先にしっかり寝て体力回復を図りたかった。

いつもの通り、まず自分の落ちつくように一通り荷物を開いてしっかり部屋の鍵を確認して荷物は全部ベッドに置き、貴重品は枕の下に入れ眠った。

あの兄ちゃん達の真相はわかんないけどきっと悪いやつだろうけど、そんなに積極的じゃなかったので逆に油断したところはあった。

異国だと勝手もわからないし、ましてや怪しいやつって絶対複数人でくるから、彼らのテリトリーで外国人一人真っ向からぶつかるのは危ない。一人旅は自分の危機管理、危ないことを嗅ぎ分け嗅覚がなにより大事になってくる。

日本ではあまり意識しない、自分の身を自分で守る、という感覚を一番根底に持ってなきゃいけないと改めて考えた。

 

 

 

東南アジアのような暑さ、連日摂取35度を超える東京で過ごしてる。

なにかを書きだそうと思うときも、挨拶程度にやっぱり天気の話なんかから入ってしまう。

おばさんは毎日2言目には、「暑いわね〜嫌んなっちゃう」がマスト。憂歌団じゃないんだから。

そう、毎日おばさんに囲まれて働いてる。神宮前の喫茶店。それも今週まで。

一夏の思い出にはなったけど、おれはこの仕事に 嫌んなっちゃった  って感じで、

3ヶ月半くらいやったんだけど、同じことの繰り返しで飽きてしまって、って飲み屋だってまあまあそんな感じだけどもう4年くらいやってるし、よくわかんないけど、 気がすんだ  んだろう。今のリズムには。

別につまんなくかった訳じゃなくて。

そんなんもあと4日で終わる。

久しぶりに昼間の暮らしをやった。

やっぱり朝起きるのは体に悪いとおもったし、夜中の街をうろうろできないのはつまらない。

日付が変わった頃に寝に入るのはすごくもったいないし、やっぱり夜中する徘徊や考え事はとても大事だと思った。

それで再来週からミャンマーに行く。ビルマの旅ってやつだ。

どんな所だろう、今まで旅した所より情報が少ない。

ただこの季節の東京から行くと下手したらヤンゴンに着いて最初の感想が  涼しい  になっちゃうんじゃないかっていう不安がある。

やっぱり東南アジアは不快な暑さであってほしい。

ベトナムでスられたものは一通り買い直した。保険が下りたといってもそれはとても馬鹿馬鹿しい作業だった。新しいカメラは6万円くらいした。でもこれで万全だ。

ミャンマーは東南アジア最後のフロンティアとか言われてるらしい。最初に降りたつヤンゴンという街は都市ではあるけども煤けた感じでカオスな感じがする。どんな所だろう。

 

 

思ったこと

 

相変わらず何になりたいとかじゃなく、おれになる、おれでいるように暮らしてる。

社会とかいうセロファンでできたようなチープなフィルターをかけると25にもなって定職にもつかないでノーフューチャーなやつだろうか。

歳を取ったり国の中で働いたりして時間を過ごしてると世の中とのギャップがめんどくさかったり、逆に気持ちいいことがある。

世の中の同い年くらいのやつは大学とかを出て就職とかをして、世の中にしがみついて立派に見えるし頑張ってる。

その間ずっと遊んでるおれは立派とはほど遠いところにいるけど人生頑張ってる。

もうすぐ平成が終わるらしい。

おれは平成しか生きたことがない。

世の中は変わるとも言われてるけど、わりと他人事だ。

おれはおれの時代。今もこれからもおれの時代。

君が代ならおれが代だし、フーはマイジェネレーションって言ってたし、ミックジャガーはタイムイズオンマイサイド歌ってた。

つまらない世の中でおれたち楽しくやろう。

財布より心に余裕をもとう。

そんなサムシングでお金もらって安い酒でも飲めたら最高じゃん。東京でもバンコクでもどこでもさ。

愛のあるくだらない人たちと生きていけたらいいし、世の中そんな人が増えたら絶対いいから、もしおれだけでもそう在ろう。

くだらない仲間どんどん募集中。

 

暮らしていくということ

 

日曜日、また今週が回りだした。

日曜日の夜はホンキートンク、平日は喫茶店で働いてる。

昼間の仕事なんて1時間働いて1000円とかいう単位で、考えてしまうと気が遠くなる。

世の中の若者はもっと稼いでる。

おれはいろいろなことをやりたいエクスペリエンス的な衝動と旅のための暮らしだから、

この街のシステムでは、旅に出るたびに仕事を変えていく、というのが基本になってしまうんだろう。うっかり駄洒落みたいになっちゃったけど。

同世代の人たちを見てると就職 とかそうゆうのがキーワードになっていて、

おれの歳くらいになると就職とかしてる人がほとんどだ。

女の子なんかも就職してないような奴とはまず付き合えないというようなつまんないことを言ってるやつが目立つ。

おれは別に就職を嫌ってるわけでもなく、ただ就職というものがかなり現実的じゃなく実感がわかないんだ。

家族や親戚に就職してる人なんてきっとほぼいないし、月金でスーツを着て仕事にいくような暮らしは映画やドラマでしかみたことがない。

ただ、就職なんかしなくても死ぬまでご飯を食べていければ大丈夫だし、

さとり世代の女の子はそんなやつとは結婚なんかしてくれないかもしれないけど、暮らしてはいける。

暮らすために働いたりするんだし余裕だ。

ただもう少しやりたい暮らしにフィットした金策があったらもっと心も豊かになるし、

より良い暮らしを尊重するんなら東京じゃなくても、日本じゃなくてもいい。

最近日本は明らかに元気はないし、面白いものから順番に禁止していくので、どんどんつまらなくなってると思う。

夜中は踊らせない、街でたばこは吸わせないなんてくだらないことばっかり言ってる。

おれは多分まだまだ生きていくし、このままエスカレートしていくようなら必然的に日本を出ないと行けないかもしれないと最近感じる。

楽しくやるために働いてるのに楽しくやれないなら東京とおさらばしてタイにでも行くしかないかもしれない。

 

 

 

 

 

街はゴールデンウィーク最後の日。

おれは五月病になる暇もなく、

今までの生活で眠りにつくような時間には家をでて、明るい時間には仕事を終えてコーヒーでも飲んでる、みたいな生活をしてる。

だいたい平日は毎日、神宮前の辺りのオムライスが美味い喫茶店で働いてる。

日曜日は今までどおり夜の中野のバーだ。

少なくても週6日は働いてるけど、今まで週4日、夜働いてた頃よりは明らかに稼げない。

すこしのんびりとしたペースの生活だ。

毎日夕方には仕事が終わって、渋谷原宿あたりの洒落たカフェでコーヒー飲んだり、入会したばかりのフィットネスジムに行ったりしてる。

昨日家の居候もニューヨークへと旅立って、

部屋がとても広くなった。

おれも少しずつ節約しつつ貯金して次の旅に早く出たい。

 

 

熱気のベトナムから帰ってきて

少しの時間が経った。

もうだいぶ色々なギャップにも慣れて

東京ですっかり平和ボケしてる。

東京に慣れてしまうと、すこしスリルや混沌に飢えてきて、次はどこに行こうかとか考える。

週に1回2回くらい働いてあとはしばしのニート生活を楽しんでる。

夜の生活を少し早くして、今まで面倒だった銀行やら役所やら行って色々溜めこんだ手続きをしたりしてる。

職場はまたベトナム人が勢力を盛り返してきていて、日本に帰ってきても相変わらずベトナム人に囲まれてる。

自分がベトナムを見た上で思うのは

あんな所からひとりでやってきて、こんなにも違う国で、そこの言葉を覚え仕事をしてる彼らへの大きなリスペクト。

みんなすげえな。

3月の東京は思ったよりも寒くて、南から帰ってきたおれには少しきつかったけど、

やっとだいぶ暖かくなって、

今年も哲学堂の桜がとても堂々と咲き誇ってる。

今年こそは花粉症になりそうな気がしてる。

 

 

 

もうすぐ日本に帰る。

今は夜中1時過ぎ。フライトは5時55分発。

時差2時間足して14時前には成田に着く予定だ。

今日までいた宿を昼にチェックアウトして

ブイビエンをすこしぶらぶらして、

空港近くのホテルにきた。

今日ホテルをとるつもりはなかったけど、

まあ時間も長いし、休憩用にとホテルを予約したんだ。

空港周辺だからすこしリッチなホテル。それでも中では安い部類。

まあ今までのどの宿よりもリッチで洒落てる。

深夜チェックアウトもできることを確認した。

エレベーター、クーラーも効く、シミのないシーツ、熱いくらいのホットシャワー、

これで一泊23ドル。安いもんだ。

最後にしっかりシャワー浴びてすっきり。

この旅が終わろうとしてる。

2週間、一瞬だったけど、長かった。

結局ハノイホーチミン1週間ずつくらい。

 

頭おかしくなるベトナムドンの桁。偉い政治家のおっさんと食べた最高の焼き鳥。まさか東南アジアでのバスタブ。旧市街。エッグコーヒー。あまり美味くないソーセージ。スリ続出のボロ宿。エビチャーハン。1杯25円のビアホイ。高級なハンバーガー。週末のホアンキエムレイク。かわいいお姉ちゃんのいるロシア式サウナ。ナイトマーケット。商店のおっさん。ブイビエン。わりとレベルの高い味噌ラーメン。甘いブラックコーヒー。さびれた国内線。うるさい宿。サイゴン。333。むんむんのベンタイン市場。スリ。宿のおばちゃん。激ウマケバブ。スリリングなバイタク。まずい煙草。水滴したたるクーラー。偽物のレイバン

 

ホーチミンは暑かった。

ハノイは夜なんかかなり涼しかったから舐めてた。

今まで旅した中でも1番南くらいだしそりゃ暑いわ。

ベトナムは特にトゥクトゥクがいないのはちょっと大変。意外とタクシーも捕まらなかったりする。トゥクトゥクだと目が合ったら自分から来てくれるから楽。

ゲストハウス的な安宿が町の規模に比べて少ないように感じた。シーズンだったからかもしれないけど、直接行って交渉、という感じもなく、前日ネット予約でギリ、みたいな感じだったりした。シーズンなのかな。

交通量もすごかった。インドよりは信号があったけど、車のすごい数よりバイクのすごい数ってなるとエグい。

テトリスみたいに隙間さえあれば詰めていくからね。

あとはやっぱりお金。ドン。ややこしい。

100円がだいたい20000ドン。町ではだいたいゼロ3つ省いて20000ドンを20kと表示してる。口でもそういう。コンビニで買う500mlの水が5000ドン。店で飲むビールが25000ドンくらい。ちょっと洒落た店のパスタが130000ドン。という感じでゼロで目が眩む。

それに観光客相手だとドルで言ってきたりするからややこしい。

まあとにかく物価は安い。タイとかよりももう少し安いかな。

まあとてもいい人が多くてみんなエネルギッシュなんだけどやっぱりおくゆかしさがあって、そこは日本人に通ずるところを感じた。

ホーチミンは電車通そうとしてるのも含めて工事が多く、本当に発展の真っ只中さを感じた。

英語は思ったよりもみんな喋れるけどやっぱりすこし場末に行ったり、お年寄りには通じない。

食べ物は基本的にヘルシー、だけどどんなものでも食べるのがすごい。肉もなんでも食べる。

あとは思ったよりパンみんな食べてた。フランスパン。

コーヒーはうまい、けど甘い。ブラックコーヒーにも砂糖が入ってる。エッグコーヒー、スイーツ的で最高だった。

 

たった2週間。いつもよりも短い旅だったけど1人になるには充分な時間ではあったな。

とりあえずそろそろホテルもチェックアウト。

荷物整理して空港に向かおう。

あと4時間くらいでフライト。

最後の大仕事だ。