スラバヤという町からジャワ島の最東端、バニュワンギ駅に列車が着いたのはまだ夜も白まない頃だった。
列車ではほとんど寝れなかったので疲れていて、早くバリ島に向かいたかった。
バニュワンギからバリ島に渡るバスを探していたけど、駅前に停まっているバスはどれもツアーのバスで、運転手に尋ねると港からバスに乗れるかもしれないということだった。
真っ暗い砂利道をしばらく歩くと港の灯りが見えた。
人気のない港で、来るのかわからないバスを待っている。
しばらくするとじんわり明るくなってきた。
どこか近くから鶏の鳴き声と、モスクからのアザーンが聞こえてくる。
朝になるとともに、どこからか少しずつ人がやってきた。
すぐ近くでバスを待っているであろう家族連れに話しかけると、英語での会話はできなかったけど、「バリ島に行くためにバスに乗る」というようなことがわかった。
仲間ができて安心した。
お母さんは元気なおばさんで、ほとんど英語も喋れないのに、一人でいるおれにたまに話しかけてくれた。
お父さんは薄暗い港のあちこちをうろうろとカメラで撮りまくっている。
それに大人しくしっかりものの女子中学生くらいの娘さん、という感じの構成だ。
もう少しして来たレゲエのTシャツを来た兄ちゃんもどうやら同じバスだ。
1時間も待つとすっかり朝。
海の向こうに見えるバリ島のさらに向こうから太陽が昇ってきた。
家族連れは弁当を出してきて地べたに座って朝ごはんを食べている。
そこに、乗客でパンパンのバンが止まって、ドライバーが降りてくると「バリ島に行くけど1人なら空きがある」と捲し立てて、近くにいたおれを強引に乗せてこようとした。
おれが断り続けていると、様子はよくわからないけどお母さんが現地語でドライバーと話し、おれに「乗っちゃダメよ。こっちに来なさい」というようなジェスチャーをして、ドライバーを追い払った。
なんだったのかはわからないけど、なんとなく怪しげな空気だった。
それからすぐに今度は空のハイエースが止まった。
バリ島のデンパサール行きのバスだという。
バスといってもやっぱりボロボロのバンだった。
運転手はデカイおっさんでボサボサ頭で寸足らずの変なジャージに便所サンダル。
おっさんが近所のコンビニに行くんでももう少しまともな格好をするだろう。
とにかくみんなで車に乗り込んだ。
港に着いて2時間近く経っていた。
バンに乗り込むとすぐにフェリーに乗った。
一旦車から降りてハシゴを登り、甲板に出た。
遠くジャカルタからずーっと東を目指して、たどり着いたジャワ島の端。
どんどん遠く離れていくジャワ島を背に。
甲板の先の長椅子に座り、現地の漁師のようなおっさんたちに混じって煙草をふかしながら目の前に見えるバリ島からの風を浴びている。
最高の気分だった。寝不足も風にさらわれていく。
バリ島に入るとまずは、車の入域手続きみたいなもの、おまけにその間にお父さんがフラフラとどこか行ってしまったことで時間をとられた。
いよいよ走り出したと思ったらまたすぐに路肩に止まって、乗客を残したままドライバーが車から降りてしまった。
あまりにもノロノロ運転をしていたので、給油かなにかかと思って少し待ったけど状況は変わらない。
「ハングリー?」とお母さんがジェスチャーをしながら聞いてきた。
よく外を見ると、目の前の食堂でドライバーは仲間と楽しそうに朝飯を食べている。
乗客全員がただ黙ってそれを待っているのだ。
めちゃくちゃな眠気と夜通しの疲労がピークにきていて、とにかく早くまだ決めていない宿のベッドに飛び込みたかったおれは、奴にとてもうんざりしていた。
車内の暑さが嫌になり外に出ると、続いてレゲエのお兄ちゃんも降りてきた。
彼はおれの肩を叩くと、やれやれというような顔で首を傾げながらおれに煙草を勧めてくれた。
特に会話はなかったけど、お互いに同じような気持ちで煙草を吸っていた。
みんな、 やれやれ という感じでリラックスした様子でドライバーを待っている。
疲労困憊で余裕がなくなり、先を急いで苛立っていたのはおれだけだ。
そうだ、これがアジアだった。
今まで各地でこんな"アジアのテキトーさ" に振り回されてきたし、それこそがおれの中のアジア旅の醍醐味だったということに気がついた。
だとしても、疲れ切っていることには変わらないし待つのは嫌だったけど、体から変な力が抜けた気がした。
運転手はご飯を食べ終えて、仲間とおしゃべりをしながらゆっっくりと2本の煙草を吸ったのちにもちろん悪びれる様子もなく、やっと出発した。
車内はエアコンも無く暑っい上に、サスペンションの弱すぎるのかガッタガタな揺れ、野猿が多いので急ブレーキばっかりという最悪のドライブにも関わらず、さっきまでの体の力が抜けたおれは到着するまでがっつりと爆睡をきめた。