酔いどれトムとドライベルモット

 

東高円寺の安アパート。

とにかくお金はなかったけど自分を貧乏だなあなんて実感はなかった。

 

飲み屋の仕事がない時間はたいていどこかで酒を飲んでいた。

あの頃は仕事は夜からだし、遊ぶ友達もみんな夜行性。

毎晩のように昼近くまで遊び歩く、そんな生活だ。

 

夜の生活には明らかにそれの雰囲気があって、

生活時間帯が合う人っていうのはそれだけで、酒の飲み方や趣味趣向が合うことが多かった。

 

今はどうかわからないけど、10年前くらい前の中野や高円寺なんて街には、どんな奴も取り込んでしまうような夜中の空気があった。

 

 

 

無駄なものしかないおれのアパート。

そこでおれたちはいつも安いつまみを買って集まって

ドライベルモットを飲んだ。

 

 

そういやベルモットなんて酒、あったなあ。

最近では酒といえば缶ビールかチューハイみたいになっている。

ベルモットはワインをベースにハーブなんかを混ぜたようなリキュールだ。

カクテルの材料に欠かせないので、バーなんかでは必ず置いてるだろう。

 

酔いどれ詩人、トムウェイツのファーストアルバムなんかをつまみに、ざらざらとした夜をドライベルモットで割って飲んでいた。

 

わざわざ氷なんかを用意していたか、

そんなようなことはなにも覚えてない。

なにもないのになんでもあるような気分だった。

 

今でもトムウェイツのオルガンの音を聴くと、もちろん安バーボンも飲みたくなるけど、

やっぱりドライベルモットの匂いが頭の中に広がる。